相続税の延納・物納:現金一括納税が難しい場合の選択肢
相続税は、被相続人(亡くなった方)が亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に、現金で一括で納めるのが原則です。しかし、高額な相続財産がある場合や、不動産が多くて現金が手元にない場合など、一括での納税が困難なこともあります。
そんな時に利用できるのが「延納」と「物納」という制度です。
1. 延納(えんのう):相続税を分割して支払う方法
延納は、相続税を一度に支払うのが難しい場合に、分割して支払うことを税務署に許可してもらう制度です。
1-1. 延納の要件
延納を利用するためには、いくつかの条件を満たす必要があります。
- 相続税額が10万円を超えること: 少額の相続税には適用されません。
- 現金で一括納付が困難であること: これは、相続財産に占める現金・預貯金などの割合が少なく、不動産などの換金しにくい財産が多い場合に認められやすいです。
- 担保を提供すること: 延納を許可してもらうには、基本的に担保(保証のようなもの)が必要です。
- 担保の種類:
- 国債や地方債などの有価証券
- 税務署が認める不動産(土地や建物など)
- 借地権、工場財団など
- 保証人(特別な事情がある場合に限られることが多いです)
- 担保が不要な場合:
- 延納する税額が100万円以下で、かつ延納期間が3年以下の場合は、担保が不要になることがあります。
- 担保の種類:
- 延納申請書の提出: 納税期限までに、税務署に「相続税延納申請書」を提出する必要があります。
1-2. 延納の手続き
- 相続税額の確定: まずは、相続税の申告を行い、正確な相続税額を計算します。
- 延納申請書の作成・提出: 納税期限(原則として相続開始後10ヶ月以内)までに、税務署に「相続税延納申請書」と、担保に関する書類(担保提供書など)を提出します。この申請書には、延納を希望する期間や分割回数などを記載します。
- 税務署の審査: 税務署は、提出された書類をもとに、延納の要件を満たしているか、担保は適切かなどを審査します。
- 延納の許可・不許可の通知: 審査の結果、延納が許可されると「延納許可通知書」が送られてきます。不許可の場合は、その旨が通知されます。
- 税金の分割納付と利子税の支払い: 許可された延納計画に従って、分割で相続税を納付していきます。延納には、利子税という金利がかかりますので、税金と一緒に利子税も支払うことになります。利子税の割合は、延納期間や相続財産の種類(不動産の割合が多いかなど)によって異なります。
1-3. 延納の注意点
- 利子税がかかる: 延納の一番の注意点は、利子税という金利がかかることです。これは、納税が猶予されることへの対価と考えてください。長期にわたるほど、利子税の総額も大きくなります。
- 担保が必要: 不動産を担保にする場合、その不動産に抵当権が設定されることになります。将来売却したりする際に影響が出る可能性があります。
- 延滞に注意: 延納中に支払いを滞らせると、延納が取り消され、残りの税額を一括で納めるよう求められる場合があります。また、延滞税というさらに高い金利がかかることになります。
- 許可されない可能性もある: 申請すれば必ず許可されるわけではありません。要件を満たしていない場合や、担保が不十分と判断された場合は、不許可となることもあります。
2. 物納(ぶつのう):相続財産で相続税を支払う方法
物納は、現金での納税も延納も困難な場合に、相続財産そのもの(主に不動産)で相続税を支払う制度です。本当に最後の手段と考えてください。
2-1. 物納の要件
物納は、延納よりもさらに厳しい要件があります。
- 延納でも納税が困難であること: まずは延納を検討し、それでも納税が難しいと認められることが前提です。
- 物納できる財産であること: 物納できる財産は、原則として相続財産のうち「特定の種類の財産」に限られます。
- 物納できる財産の優先順位:
- 国債、地方債
- 不動産(土地、建物)、船舶
- 社債、株式など
- 動産(美術品、貴金属など)
- 物納できない財産の例:
- 管理処分不適格財産: 権利関係が複雑な不動産(共有名義で他の共有者が売却に反対しているなど)、担保が設定されている不動産、境界線が不明確な土地、私道部分など、国が管理・処分しにくい財産は物納できません。
- 借地権、地上権で、借地権設定者の承諾が得られないもの
- 係争中の財産(裁判で所有権が争われているなど)
- 建物がない土地で、その上に他人の建物がある土地など
- 物納できる財産の優先順位:
- 物納申請書の提出: 納税期限までに、税務署に「相続税物納申請書」を提出する必要があります。
2-2. 物納の手続き
- 相続税額の確定: 延納と同様に、まず相続税額を確定します。
- 延納の検討・却下(または不許可): 物納は延納が困難な場合の手段なので、まずは延納を検討し、その結果、延納が認められない、または延納しても納税が困難であるという状況が必要です。
- 物納申請書の作成・提出: 納税期限までに、税務署に「相続税物納申請書」と、物納しようとする財産の詳細な資料(登記事項証明書、測量図、評価額の根拠資料など)を提出します。
- 税務署の審査・調査: 税務署は、提出された財産が物納できる要件を満たしているか、管理処分に支障がないかなどを厳しく審査します。必要に応じて現地調査が行われたり、追加資料の提出を求められたりすることもあります。
- 物納許可・不許可の通知: 審査の結果、物納が許可されると「物納許可通知書」が送られてきます。不許可の場合は、その旨が通知されます。
- 財産の引き渡し: 許可された場合、指定された期日までに、物納する財産の所有権を国に移転する手続き(登記など)を行います。
2-3. 物納の注意点
- 認められるハードルが非常に高い: 物納は、国が財産を受け取ることになるため、要件が非常に厳しく、簡単に認められるものではありません。
- 『管理処分不適格財産』には注意: 物納できない財産の代表例が「管理処分不適格財産」です。共有名義の不動産や、権利関係が複雑な土地などは、特に注意が必要です。事前に税務署や専門家と相談し、物納できる財産かどうかの確認が重要です。
- 評価額の決定: 物納する財産の評価額は、税務署が相続税評価額に基づいて決定します。市場価格と異なる場合があるため、注意が必要です。
- 不許可の場合のリスク: 物納が不許可になった場合、納税期限が過ぎていると、原則として現金での納税に加え、延滞税が課せられてしまいます。物納申請は、不許可になるリスクも考慮して、早めに準備を進めることが大切です。
- 最後の手段: 物納は、本当に他の方法が全くない場合の『最終手段』として考えるべきです。
まとめとアドバイス
「相続税の納税は、人生で何度も経験することではないので、分からないことだらけで当然です。
- まずは「延納」を検討する: 現金が足りない場合は、まず利子税はかかりますが「延納」を検討しましょう。
- 「物納」は最終手段と考える: 物納は、要件が非常に厳しく、ハードルが高い制度です。まずは延納で対応できないかを考え、それでも難しい場合に検討するという順番が良いでしょう。
- 早めに専門家へ相談を! 相続税の申告準備から納税までには、かなりの時間と専門知識が必要です。特に延納や物納を検討する場合は、納税期限も迫ってきますので、なるべく早く、税理士さんや弁護士さんなどの専門家に相談することをおすすめします。