外国籍の方が日本で亡くなられた場合、相続の手続きは「どこの国の法律が適用されるか」という点がポイントになります。これを「準拠法(じゅんきょほう)」と言います。
1.どの国の法律が適用されるの?(準拠法の決定)
相続手続きを始める前に、まず「どの国の法律に基づいて相続を進めるのか」を決めなければなりません。これは、亡くなられた方(被相続人)が「どの国に一番関係が深かったか」によって決まります。
- 原則:被相続人の本国の法律
- 日本の法律では、原則として亡くなられた方の「本国法(ほんごくほう)」、つまり国籍のある国の法律が適用されるとされています。
- 例えば、アメリカ国籍の方が亡くなった場合はアメリカの法律、イギリス国籍の方が亡くなった場合はイギリスの法律、といった具合です。
- 例外:国際私法(こくさいしほう)による調整
- ただし、国によっては「最後の住所地の法律が適用される」など、異なるルールを設けている場合があります。
- 日本と相手国の国際私法(どの国の法律を適用するかを定める法律)のルールが異なる場合、どちらの国の法律を優先するか、調整が必要になります。
- 遺言による指定
- もし、亡くなられた方が有効な遺言を残していて、その中で「日本の法律に基づいて相続手続きを進めてほしい」と指定していれば、日本の法律が適用されることもあります。
【ここがポイント!】
どこの国の法律が適用されるかによって、相続人の範囲(誰が相続人になるか)、相続分(どれくらいの割合で財産を受け取れるか)、相続財産の範囲などが大きく変わってきます。まずはこの準拠法を確認することが、最初のステップになります。
2.相続人の確認
準拠法が定まったら、その法律に基づいて「誰が相続人になるのか」を確認します。日本の法律と海外の法律では、相続人の範囲や優先順位が異なることがよくあります。
- 日本の法律の場合の相続人(参考)
- 常に相続人:配偶者
- 第一順位:子(子が亡くなっている場合は孫)
- 第二順位:父母(父母が亡くなっている場合は祖父母)
- 第三順位:兄弟姉妹(兄弟姉妹が亡くなっている場合は甥姪)
- 海外の法律の場合
- 国によっては、内縁の配偶者や養子縁組をしていない子どもも相続人となる場合や、特定の血族のみを相続人とする場合など、日本の法律とは異なるルールがあります。
3.相続財産の確認
亡くなられた方が日本に残された財産を全て洗い出します。
- 主な相続財産
- 不動産(土地、建物)
- 預貯金(銀行口座)
- 株式、投資信託などの有価証券
- 自動車
- 動産(貴金属、骨董品など)
- 生命保険金、退職金(受取人が指定されている場合は、相続財産ではなく受取人の固有財産となることがあります)
- 負債も確認
- 借金や未払いの税金なども相続財産に含まれますので、これらも忘れずに確認します。
4.必要書類の収集
相続手続きには多くの書類が必要になります。準拠法や相続財産の種類によって異なりますが、一般的に次のような書類が必要になります。
- 亡くなられた方の書類
- 死亡診断書、死亡届受理証明書
- 戸籍謄本(除籍謄本、改製原戸籍謄本)※日本の法律が適用される場合
- 住民票の除票
- 本国での出生証明書、婚姻証明書、死亡証明書など(準拠国により異なります)
- パスポートの写し
- 遺言書(あれば)
- 相続人の書類
- 戸籍謄本(日本の相続人の場合)
- 住民票
- 印鑑証明書
- 身分証明書(パスポートなど)
- 本国での婚姻証明書、出生証明書など(外国籍の相続人の場合)
【重要!】
外国語の書類は、日本語訳を添付する必要があります。翻訳は専門家(行政書士など)に依頼することをお勧めします。また、書類によっては「アポスティーユ(apostille)」や「領事認証」という、その書類が本物であることを証明する手続きが必要になる場合があります。
5.相続手続きの種類と流れ
相続財産の種類によって、手続きを行う場所や方法が異なります。
- 預貯金の解約・名義変更
- 各金融機関で手続きを行います。必要書類は金融機関によって異なるため、事前に問い合わせましょう。
- 不動産の相続登記
- 法務局で手続きを行います。複雑なため、司法書士に依頼するのが一般的です。
- 株式・投資信託の名義変更
- 証券会社や信託銀行で手続きを行います。
- 自動車の名義変更
- 陸運局で手続きを行います。
6.相続税の申告
日本に相続財産がある場合、日本の相続税が課税される可能性があります。
- 相続税の納税義務者
- 相続人全員が納税義務者となります。
- 外国人の方が相続人の場合でも、日本に財産があれば日本の相続税の対象になります。
- 申告期限
- 被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内です。
- 申告期限を過ぎると延滞税がかかることがありますので注意が必要です。
- 国際的な二重課税
- 本国でも相続税が課税される場合、日本と本国の両方で税金がかかる「国際的な二重課税」の問題が生じることがあります。
- 多くの国では、国際的な二重課税を避けるための規定(外国税額控除など)が設けられていますので、専門家(税理士)に相談しましょう。
7.専門家への相談のすすめ
外国籍の方の相続手続きは、準拠法の特定、必要書類の収集、相続財産の種類、そして相続税など、複雑な要素が絡み合います。そのため、次のような専門家へ相談することをおすすめします。
- 弁護士:準拠法の特定、遺産分割協議、紛争解決など
- 司法書士:不動産の相続登記、遺言書の検認など
- 行政書士:戸籍の収集、書類の翻訳、在留資格に関する手続きなど
- 税理士:相続税の計算、申告、国際課税の問題など
生前分与や生命保険、医療保険について
今回の内容は「相続手続きの基本」でしたが、ご希望があれば「生前分与(生きているうちに財産を贈与すること)」や「生命保険・医療保険」についてもご案内できます。
- 生前分与:相続税対策として有効な手段の一つですが、贈与税が発生する可能性があります。また、遺留分(相続人が最低限受け取れる相続財産の割合)との関係も考慮が必要です。
- 生命保険・医療保険:生命保険は、受取人を指定することで、相続財産とは別にスムーズに資金を受け取れるメリットがあります。医療保険は、万が一の病気やケガの際の医療費の心配を軽減してくれます。これらも相続対策やご自身の安心のためにとても大切な要素です。