1. 配偶者が相続放棄を選択する「要件」
まず、相続放棄をするにはいくつかの条件があります。
- 熟慮期間の遵守(3ヶ月の期限): 配偶者が亡くなったことを知り、ご自身が相続人になったと知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所に申し立てをする必要があります。この3ヶ月を「熟慮期間」と言います。この期間を過ぎてしまうと、原則として相続放棄はできなくなってしまいますので、注意が必要です。もし、財産の調査に時間がかかりそうな場合は、家庭裁判所に申し立てて期間を延ばしてもらうことも可能です。
- 単純承認をしていないこと: 配偶者の財産を「相続する」とみなされる行為をしてしまうと、相続放棄ができなくなってしまいます。これを「単純承認」と言います。例えば、以下のような行為は単純承認とみなされる可能性があります。
- 配偶者の預貯金を勝手に使ってしまったり、ご主人の借金を一部でも返済してしまったりする
- 配偶者の遺品の中から価値のあるものを売却したり、処分したりする
- 配偶者の財産を隠したり、消費したりする
- 法律上の配偶者であること: 相続放棄ができるのは、法律上の配偶者に限られます。内縁関係や事実婚のパートナーは、相続人ではないため、相続放棄をすることはできません。
2. 相続放棄の「手続き」
相続放棄の手続きは、家庭裁判所で行います。
- 必要書類の準備: 配偶者が相続放棄をする場合に必要な主な書類は以下の通りです。
- 相続放棄申述書(家庭裁判所のウェブサイトでダウンロードできます)
- ご主人の住民票の除票または戸籍の附票(ご主人の最後の住所を証明するものです)
- ご主人の死亡の記載のある戸籍謄本(戸籍全部事項証明書)
- 申述人(相続放棄をする方、つまり奥様ご自身)の現在の戸籍謄本(3ヶ月以内に取得したもの)
- 収入印紙(申立て手数料として800円程度)
- 郵便切手(家庭裁判所からの連絡用として数百円程度)
- 相続放棄申述書の作成: 相続放棄申述書には、必要事項を記入します。記入例を参考にしながら、慎重に作成しましょう。
- 家庭裁判所への提出: 作成した相続放棄申述書と必要書類を、ご主人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出します。郵送でも提出可能です。
- 家庭裁判所からの照会書: 提出後、書類に不備がなければ、家庭裁判所から「照会書」が送られてくることがあります。これは、本当に相続放棄の意思があるか、単純承認にあたる行為をしていないかなどを確認するためのものです。質問事項に回答して返送しましょう。
- 相続放棄申述受理通知書の受領: 無事に相続放棄が認められると、家庭裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が送られてきます。この通知書を受け取ったら、相続放棄の手続きは完了です。
3. 相続放棄の「影響」
相続放棄をすると、ご自身だけでなく、他の相続人にも影響が出ることがあります。
- 「初めから相続人でなかった」とみなされる: 相続放棄が受理されると、法律上は「最初から相続人ではなかった」という扱いになります。そのため、配偶者の財産(プラスの財産もマイナスの財産も)を一切引き継ぐことはありません。
- 他の相続人の相続分が変わる: 配偶者が相続放棄をすると、その方の相続分が、残された他の相続人に移ります。 例えば、ご主人に奥様とお子様がいらっしゃった場合、本来は奥様が2分の1、お子様が2分の1の相続分ですが、奥様が相続放棄をすると、お子様がすべての財産を相続することになります。
- 次の順位の相続人に相続権が移る: ご主人に、奥様とお子様がいらっしゃった場合で、奥様もお子様も全員が相続放棄をしたとします。この場合、第一順位であるお子様の相続権がなくなるため、次の順位の相続人(ご主人のご両親や祖父母などの直系尊属)に相続権が移ります。もし、直系尊属も全員相続放棄をした場合は、さらに次の順位の相続人(ご主人のご兄弟姉妹や甥・姪)に相続権が移ります。 このように、相続放棄をすると、次の順位の親族に思わぬ負担をかけてしまう可能性があります。そのため、相続放棄を検討する際は、他の相続人ともよく話し合い、全員で足並みを揃えて手続きを進めることが望ましいです。
- 生命保険金や死亡退職金について: 生命保険金は、通常、受取人固有の財産とみなされるため、配偶者が受取人に指定されていれば、相続放棄をしても受け取ることができます。ただし、ご主人が受取人になっていた場合は、相続財産に含まれるため、相続放棄をすると受け取れません。死亡退職金も、会社によって扱いは異なりますが、受取人が指定されている場合は相続財産とはみなされないことが多いです。
- 配偶者短期居住権について: 相続放棄をしたとしても、ご主人が所有していた建物に住んでいた配偶者には、「配偶者短期居住権」という権利が認められています。これは、一定期間、無償でその家に住み続けることができる権利です。ただし、この権利も法律上の配偶者に限られます。
- 日常家事債務や連帯保証債務について: ご主人の日常生活にかかる債務(電気代、水道代など)や、ご主人の連帯保証人になっていた場合の債務は、相続放棄をしても支払義務が残る場合があります。相続放棄をすればすべての責任から解放されるわけではないので、注意が必要です。
4. 相続放棄と「代襲相続」の有無
ここが一番重要なポイントかもしれません。
- 相続放棄をした場合、代襲相続は発生しない!: 相続放棄は、「初めから相続人ではなかったものとみなす」という効果があります。そのため、相続放棄をした人には相続権自体が発生せず、そのお子様やお孫様(代襲相続人となるはずの人)に相続権が移る「代襲相続」は発生しません。例えば、ご主人に奥様とお子様がいらっしゃり、お子様がご主人より先に亡くなっていた場合、本来であればお孫様が「代襲相続人」として相続人になります。しかし、お子様がご主人の生前に「相続放棄」をしていた場合は、そのお子様は最初から相続人ではなかったとみなされるため、お孫様に代襲相続は発生しません。ただし、よく似たケースで勘違いしやすいのが、「相続人がご主人より先に亡くなっていた場合」です。この場合は、相続放棄とは異なり、その相続人の子(ご主人の孫)が代襲相続人となります。
まとめ
配偶者の相続放棄は、特に夫に多額の借金があった場合などに有効な手段ですが、いくつか注意点があります。
- 熟慮期間(3ヶ月)を過ぎないように!
- 夫の財産に手を付けないように!
- 他の相続人への影響も考慮し、できれば全員で話し合う!
- 生命保険や日常家事債務、連帯保証債務の確認を忘れずに!
- 相続放棄の場合は代襲相続は発生しない!
相続放棄は、一度手続きが完了すると原則として撤回できません。ご自身にとって本当に最善の選択かどうか、慎重に判断することが大切です。