1. 行方不明の配偶者がいる場合の相続手続きの基本
まず、相続は、亡くなった方の財産をその相続人が引き継ぐ手続きです。しかし、配偶者が行方不明の場合、その方が生きているのか亡くなっているのかが不明確なため、相続手続きを進めるのが難しくなります。
相続手続きは、原則として相続人全員が参加して行われる「遺産分割協議」が必要になります。行方不明の配偶者がいる場合、その方がこの協議に参加できないため、協議自体を進めることができません。
そこで、大きく分けて2つの方法があります。
- 不在者財産管理人を選任する
- 失踪宣告を申し立てる
どちらの方法を選ぶかは、行方不明の期間や状況によって変わってきます。
2. 不在者財産管理人の選任
「不在者財産管理人」とは、行方不明の配偶者(法律上「不在者」と呼びます)の代わりに、その財産を管理したり、遺産分割協議に参加したりする人のことです。家庭裁判所に申し立てて選んでもらいます。
(1) 不在者財産管理人を選任するケース
- 配偶者が行方不明になってからまだ7年経っていないが、その財産を管理したり、遺産分割協議を進めたりする必要がある場合。
- 将来的には戻ってくる可能性もあると考えている場合。
(2) 選任の手続きと費用
- 申し立てる人:不在者の配偶者や共同相続人など、利害関係のある人が申し立てることができます。
- 申し立て先:不在者の従来の住所地、または財産の所在地を管轄する家庭裁判所です。
- 必要書類(一例):
- 申立書
- 不在者の戸籍謄本・戸籍の附票(最終の住所地を調べるために必要です)
- 不在の事実を証明する資料(手紙の返送履歴、家族の陳述書など)
- 申立人の戸籍謄本(不在者との関係を示すため)
- 不在者財産管理人候補者の住民票や戸籍の附票
- 不在者の財産に関する資料(預貯金通帳のコピー、不動産登記簿謄本など)
- 費用(目安):
- 収入印紙:800円
- 郵便切手:3,000円~数千円程度(裁判所によって異なります)
- 予納金:これが重要です。不在者財産管理人の報酬や管理費用に充てられるもので、30万円~100万円ほどかかる場合があります。不在者の財産状況によって、裁判所から求められます。
(3) 不在者財産管理人の役割と注意点
- 役割:不在者の財産を管理・保存します。遺産分割協議に参加することもできますが、不在者に不利になるような協議は家庭裁判所がチェックします。財産の売却など、「処分行為」を行う場合は、家庭裁判所の許可が必要です。
- 注意点:
- 不在者財産管理人には、親族が選ばれることもありますが、利害関係がある場合は弁護士や司法書士などの専門家が選ばれることが多いです。
- 選任された不在者財産管理人は、定期的に財産管理の状況を家庭裁判所に報告する義務があります。
- 不在者が戻ってきた場合、不在者財産管理人の任務は終了し、財産を引き渡すことになります。
3. 失踪宣告の利用
「失踪宣告」とは、行方不明の人が一定期間生死不明である場合、法律上死亡したものとみなす制度です。これにより、相続手続きを進めることができるようになります。
(1) 失踪宣告の種類と死亡とみなされる日
失踪宣告には、「普通失踪」と「特別失踪(危難失踪)」の2種類があります。
- 普通失踪:
- 行方不明になってから7年間生死が不明な場合です。
- この場合、行方不明になってから7年が経過した日に死亡したとみなされます。
- 特別失踪(危難失踪):
- 戦争や震災、船舶の沈没など、死亡の原因となるような危難に遭遇し、その危難が去ってから1年間生死が不明な場合です。
- この場合、危難が去った日に死亡したとみなされます。
(2) 失踪宣告を申し立てるケース
- 配偶者が行方不明になってから7年以上経過している場合(普通失踪)。
- 配偶者が、戦争や災害などで死亡した可能性が高い状況に遭遇し、1年以上経っている場合(特別失踪)。
- 配偶者の生死が分からない状態が長く続き、相続手続きを確定させたい場合。
(3) 申し立ての手続きと費用
- 申し立てる人:不在者財産管理人と同じく、利害関係のある人(配偶者、相続人など)が申し立てることができます。
- 申し立て先:不在者の従来の住所地を管轄する家庭裁判所です。
- 必要書類(一例):
- 失踪宣告申立書
- 行方不明者の戸籍謄本・戸籍の附票
- 失踪を証明する資料(警察署への家出人届出受理証明書、手紙の返戻、家族の陳述書など)
- 申立人の利害関係を示す資料(戸籍謄本など)
- 費用(目安):
- 収入印紙:800円
- 郵便切手:3,000円~数千円程度(裁判所によって異なります)
- 官報公告料:4,816円(裁判所から公示するために必要です)
- 戸籍謄本などの書類収集費用:数千円程度
(4) 失踪宣告の効果と注意点
- 効果:
- 失踪宣告が確定すると、行方不明の配偶者は法律上「死亡した」ものとして扱われます。これにより、相続が開始され、遺産分割協議を進めることができるようになります。
- 配偶者であった方は、自動的に婚姻関係が解消されます。
- 生命保険に加入していた場合、死亡保険金が支払われる対象となります。ただし、失踪宣告が確定するまで保険料の支払いは続ける必要があります。
- 年金についても、遺族年金などの請求が可能になる場合があります。
- 注意点:
- 失踪宣告は、家庭裁判所での審判確定後、申立人が10日以内に市区町村役場に届け出なければ、戸籍に反映されません。
- **もし失踪宣告後に、行方不明だった配偶者が生きていたことが判明した場合、失踪宣告を取り消すことができます。**ただし、その場合、相続や再婚などが「なかったこと」になるなど、複雑な問題が生じる可能性があります。専門家と相談しながら慎重に手続きを進めることが大切です。
4. まとめとアドバイス
行方不明の配偶者がいる場合の相続手続きは、その状況や期間によって、不在者財産管理人の選任か、失踪宣告の申し立てかを選ぶことになります。
- 行方不明期間が短い、あるいは戻ってくる可能性を考えている場合:不在者財産管理人の選任を検討しましょう。費用として予納金が必要になる可能性がある点に注意が必要です。
- 行方不明期間が長く(7年以上)、相続を確定させたい場合:失踪宣告を検討しましょう。これにより、相続が開始し、保険金や年金の手続きも進められるようになります。ただし、後で生存が判明した場合のリスクも理解しておく必要があります。