介護費用は相続財産になるのか?
結論から言うと、亡くなる前に支払った介護費用そのものが、原則として相続財産になるわけではありません。相続財産とは、亡くなった方が残したプラスの財産(預貯金、不動産など)とマイナスの財産(借金など)のことです。
しかし、介護にまつわる費用が、間接的に相続に影響を与えるケースがあります。それが「寄与分(きよぶん)」と「債務控除(さいむこうじょ)」という考え方です。
1. 寄与分(きよぶん)とは?
「寄与分」というのは、相続人の中に、亡くなった方の財産を維持したり増やしたりするのに特別な貢献をした人がいる場合に、その貢献分を遺産分割の際に考慮する制度のことです。
- 介護が寄与分として認められる可能性
- 特別な貢献であること: 日常的な介護や、夫婦間の扶養義務の範囲を超えるような、献身的な介護が求められます。例えばヘルパーさんなどを雇う代わりに、ご自身が長期間にわたって介護をしたことで、本来かかるはずだった介護費用が節約され、結果的に亡くなった方の財産が維持された場合などです。
- 無償であること: 介護の対価として、亡くなった方からお金や財産を受け取っていなかったことが原則です。
- 財産の維持・増加への貢献: 介護によって亡くなった方の財産が減るのを防いだり、増やしたりしたという因果関係が必要です。例えば、介護施設に入所する費用を節約できた、などが該当します。
- 要介護度: 要介護度2以上など、ある程度の要介護状態にあった方が認められやすい傾向にあります。
- 証拠資料: 介護日誌や介護の内容がわかる記録、病院の領収書など、介護の事実や内容を証明できる資料が大切です。
- 判断基準のイメージ
- 「毎日食事の介助をして、おむつ交換もして、夜も付きっきりで看病したわ」といった、通常の夫婦の助け合いの範囲を超えた介護が続いた場合に、寄与分が認められる可能性があります。
- ただし、単に精神的な支えになったというだけでは、寄与分は認められにくいです。
- 注意点
- 寄与分は、相続人同士の話し合い(遺産分割協議)で決めるか、合意できない場合は家庭裁判所に調停や審判を申し立てて決めることになります。自動的に認められるものではありません。
- あくまで遺産分割の際の取り分を調整するものであり、相続税の計算に直接影響するわけではありません。
2. 特別寄与料(とくべつきよりょう)とは?
配偶者のお父様やお母様の介護など、相続人ではない親族が介護をされた場合は、「特別寄与料」という形で請求できる可能性があります。これは、2019年の民法改正でできた新しい制度です。
- 対象者: 相続人ではない親族(6親等以内の血族と3親等以内の姻族)が対象です。
- 要件: 寄与分と同様に、「無償で」「特別な貢献をすることで」「財産の維持・増加に貢献した」ことが求められます。
- 請求先: 相続人に対して請求します。
税務上の扱い(医療費控除と債務控除)
亡くなる前の介護費用は、相続税の計算上、主に「医療費控除」と「債務控除」という形で考慮されることがあります。
1. 医療費控除(いりょうひこうじょ)
医療費控除は、医療費を支払った年の所得税の計算で、所得から差し引くことができる制度です。介護費用の中には、医療費控除の対象になるものがあります。
- 誰が控除できるの?
- 亡くなった方本人が生前に支払った医療費: 亡くなった方の「準確定申告(じゅんかくていしんこく)」で控除します。準確定申告は、亡くなった年の1月1日から亡くなった日までの所得について、相続人が亡くなった方の代わりに確定申告することです。
- 亡くなった方と生計を一緒にする親族(配偶者や子など)が支払った医療費: 支払った親族自身の確定申告で医療費控除を受けることができます。
- どんな費用が対象になるの?
- 医師の診療費、治療費、薬代
- 入院費
- 通院のための交通費(電車賃、バス代など、自家用車は原則対象外)
- 介護保険制度下でのサービス費用の一部(医療系サービスや、介護老人保健施設、介護医療院の費用など、医療費控除の対象となる部分が領収書に明記されていることがあります)
- おむつ代(医師の証明書が必要な場合あり)
- 注意点
- 差額ベッド代や、日常生活費(食費、居住費など)は、原則として医療費控除の対象外です。
- 介護保険サービスでも、訪問介護やデイサービスなどの生活援助中心のサービスは、医療費控除の対象にならないことが多いです。
- 医療費控除は、年間の医療費が10万円(または所得の5%)を超えた部分が対象となります。
2. 債務控除(さいむこうじょ)
債務控除は、相続税を計算する際に、亡くなった方が残した借金や未払いの費用などを相続財産から差し引くことができる制度です。
- 介護費用が債務控除の対象になる場合
- 亡くなった後に支払われた未払いの介護費用: 亡くなった方が生前にサービスを受けていたものの、亡くなった時点ではまだ支払われていなかった介護施設利用料や医療費などがこれに当たります。これは、亡くなった方の債務として、相続財産から差し引くことができます。
- 相続人が立て替えて支払っていた介護費用: 亡くなった方が支払うべき介護費用を、相続人が生前に立て替えて支払っていた場合、それは亡くなった方から相続人への「未払金」とみなされ、債務控除の対象となる可能性があります。
- 債務控除の要件(立て替えていた場合)
- 扶養義務の履行に該当しないこと: これが一番のポイントです。親子や夫婦の間には、お互いに助け合う「扶養義務」があります。通常、扶養義務の範囲内で親族が費用を負担した場合、それは「立て替え」ではなく「扶養」とみなされ、債務控除の対象にはなりません。
- 判断基準のイメージ: 亡くなった方に十分な財産があったにもかかわらず、相続人が代わりに支払っていたようなケースは、扶養義務の範囲を超えた「立て替え」と認められやすいです。相続税がかかるような財産をお持ちだった場合は、この要件を満たす可能性が高くなります。
- 立て替えの事実が明確であること: 領収書や支払い記録など、誰が、いつ、いくら支払ったかが明確にわかる証拠を残しておくことが非常に重要です。預貯金通帳の記録なども証拠になります。
- 債務として明確であること: 亡くなった方が「いずれ返済するつもりだった」という意思が客観的に認められるかもポイントになります。
- 扶養義務の履行に該当しないこと: これが一番のポイントです。親子や夫婦の間には、お互いに助け合う「扶養義務」があります。通常、扶養義務の範囲内で親族が費用を負担した場合、それは「立て替え」ではなく「扶養」とみなされ、債務控除の対象にはなりません。
- 注意点
- 亡くなる前に亡くなった方自身の口座から支払われた費用は、すでに支払われているため債務控除の対象にはなりません。
- 何年前までの介護費用が対象になるかについては、時効の問題もありますので、専門家にご相談いただくのが確実です。
まとめとアドバイス
ご主人の介護に費やした費用が相続財産になるかどうか、税務上どうなるかについて、ポイントをまとめますね。
- 介護費用そのものが相続財産になることはありません。
- 遺産分割の際に考慮される可能性(寄与分): 長期間にわたって特別な献身的な介護を無償で行い、それが財産の維持・増加に貢献した場合は、「寄与分」として遺産分割の際に多めに財産を受け取れる可能性があります。これは相続人同士の話し合いや裁判所の判断で決まります。
- 税務上の優遇(医療費控除・債務控除):
- 医療費控除: 亡くなった方自身が生前に支払った分は「準確定申告」で、生計を一にする親族が支払った分は「その親族の確定申告」で控除できる場合があります。医療系サービスや介護保険サービスの一部が対象です。
- 債務控除: 亡くなった後に支払われた未払いの介護費用や、亡くなった方に財産があったにもかかわらず、相続人が立て替えて支払っていた介護費用(扶養義務の範囲を超えるもの)は、相続税を計算する際に相続財産から差し引ける可能性があります。
最も大切なことは、介護にかかった費用や、誰が支払ったのかを記録に残しておくことです。領収書は必ず保管し、日付、内容、金額、支払った人がわかるようにしておきましょう。介護日誌なども、寄与分を主張する際に役立つことがあります。